「Fate/Zero」という作品 〜死を巡る二つの才能の輪舞〜

いやあ、面白かった。とにもかくにも、スカッとした。これほど読了感が清々しい作品は珍しい。最後には「全ての絶望」を描いているというのに、それがこれほどまでに気持ちよく読めるのは、やはり必要な事以外すべてそぎ落とされた、素晴らしい文章だからだろう。ほんと、すげーキモチイイ小説だ。
あまりに気分が良いので、この作品について何か書きたくなってきた。この作品はそこかしこで絶賛されているのだろうけれども、私もほんの少しだけこの作品について思う事を書き留めておこう。

Fate/Zeroが凄い作品なのは、やはり前提として、奈須きのこが作り出した「Fate」の世界が凄いからという事があるだろう。
奈須きのこは天才だ。何が天才かと言えば、「死」が何物よりも魅力的である事を知っているから。いや、知っているだけでなく、その「死の魅力」を文章で描き切る事が出来るほどに、その甘美な魅力を理解しつくしているから。
この「死の魅力」というのは、よく文学的な意味合いの「退廃」などと混同されがちな感性かもしれないが、実際には全然違う。「死」は何物よりも絶対的で、全ての真理の根本にある。その事を踏まえた上でそれを「甘美」として理解し、表現できる事が奈須きのこの天才性だと思う。
ただ、実を言えばこの奈須の天才は、「Fate」という作品において必ずしも十全に発揮されているとは思っていない。
Fate」は、「死と正義の物語」と言えるだろう。「死」の魅力を平凡な感性の一般人に語るのは、やはり難しい。奈須という天才が、企業としてより幅広く世間に受け入れてもらえるよう、その語り口に「一般性」を付け加える道具として選んだのが「正義」だった。この胡散臭い言葉は正に「死」に繋がるモノだ。その選択は正しいだろう。けれども、それはどうしても本来の彼の切れ味を鈍らせることになっている。
彼が今までに完成させていた「月姫」「空の境界」に比べ、一枚オブラートにくるまれた、ほんの少しだけ煮え切らない所の残る作品、というのが「Fate/stay night」に対する私の評価だ。

  • 虚淵玄 〜「死の虚空」を操る匠〜

虚淵玄については、残念な事にあまりよくは知らない。いや、もしかしたら「ありがたいことに」かもしれない。というのも、「Fate/Zero」を読むほどに、その才能と魅力を痛感しながらも、多分自分はその感性に通じることはないだろうと思うからだ。おそらく彼の魅力に取り付かれたら、自分の望まない世界に叩き落されてしまうかもしれないという危機感すら感じる。
彼は「死と絶望」を操る達人らしい。それは今作を読んでみても充分実感できる。彼は徹底して「死と絶望」をその精緻な文体で描ききり、その文に華美な装飾は一切含まれていない。その徹底した描写は「死と絶望」の虚空を限りなく際立たせる。
しかし、その文章を読んでいくと、彼が描きたいものは、本来まったく違う物なのではないだろか、と思えてくる。
彼が本来描きたいのは、「生と希望」なのではないか。彼がやろうとしているのは、「生と希望」の尊さをいかに文章の中で輝かせる事ができるか、という試みなのではないだろうか。しかし、彼の中で「生と希望」はあまりにも気高く崇高なものなので、それを手に入れようとする物語は、逆説的に「死と絶望」な物語へと反転してしまっているように思う。つまり虚淵玄という人は、限りなく崇高な理想を求め、それゆえ限りなく厳しい文章を書く人のように思う。
こんな厳しい人の文に付き合うのは、かなり骨が折れそうに思える。相応の覚悟が無いと、自滅させられそうで恐ろしいくらいだw。

  • 天才二人 〜甘美と虚空の輪舞〜

そして、そんな二人の感性のぶつかり合いによって生まれたのが、「Fate/Zero」という作品だろう。
奈須きのこによって作り出された「Fate」という、甘美な作品世界。それは奈須の天才性によって、他に類を見ない豊穣な魅力を含んでいる。ただ、同時にこの作品は、彼としてはどこか煮え切らない所の残っている作品でもあった。
しかし、そんな作品を、虚淵玄が料理する。彼はその匠の技によって、この作品をぶった切る。死の虚空によって、八つ裂きにする。細切れにする。そして、その甘美のカケラを探り出し、残った全ての無駄な泥芥を洗い流す。
その爽快感たるや、正に絶品。すげー気持ちいい。そして、後に残ったのは「死の甘美」「生への希望」、二つの魅力を輝き放つ、峻厳で清々しい物語・・・。
このコラボレーションは、本当に素晴らしい企画だった。正に、ファンの夢が結実したような作品といえるだろう。
けれども、この二つの才能の交差は、おそらくこの一作品だけのことであろうとも思う。ここで火花を散らしあい、一つの素晴らしい結晶を生み出した二人は、おそらくこの後、再度切り結ぶ事は難しいのではないだろうか。
しかし、それこそが望ましい道だろう。奈須きのこには、更なる「死の甘美」を極めて貰いたい。虚淵玄についても、何か他の作品に当たってみたくなってきた。(討ち死にしそうだけどw)そうした上でなら、また二人が交じり合う時も巡ってくるだろう。
そんな夢想を遥か彼方に望みながら、二人の今後の活躍を期待したく思う。