生ネギまの議題を検討する その三

もう、いい加減付き合ってくれている人も居ないであろうこの記事w。今回は、前回までの現状把握を元に、議題である「OADの売り上げ数を伸ばす為の、最適な今後のネギまの方向性を探る」に見合ったアイデアを幾つか出して行きたい。
ただ、やはりその前に、今現在の展開、つまり魔法界編の「問題点」を指摘しておこう。

あえて「問題点」という表現を使うのは、やはり魔法界編に入って、ネギまがどことなく減速気味の様な気がするから。その事実をもう少し明確に把握しておきたい。
まず、今の「魔法界編」は一部のファンの目にはあまり好ましくない展開と映っているはずだ。その原因は、やはりクラスメイト全員が魔法世界に来ていないから。物語に深く係わる一部のキャラだけがクローズアップされ、そこから零れ落ちたキャラが取り残されている。
実際にはこの展開、結構王道とも言える展開であり、それ自体は決して悪い事ではない。物事が集約されていく構成は物語に勢いをつけ、読者を惹きつける巧みな展開と言えるから。
しかし、ネギまの場合は少し違う。ネギまは、群集劇として31人のクラスメイト全員が全て揃って活躍していく事を一番の魅力とした作品だ。それが、このように切り捨てともいえる展開を見せると、読者としては「今の展開は例外的な展開」だと「願って」しまう。その様に願っている読者からすると魔法界編は「出来るだけ早く終わるべきエピソード」であり、ここで語られている事は「無かった事にしたい」とすら感じてしまうだろう。
なぜ「魔法界編」がこの様な展開になったのか。色々と考えているのだが、実は「魔法界編」は「麻帆良祭編」のやり直しなのではないか、と思う事がある。あえて例は挙げないが、全体の展開やそれに関わるキャラの構成などが、どこか似ている。
そして、なぜその様な事になったのかと考えてみると、各キャラクターの係わり合いが複雑になりすぎたからかもしれない。その関係性に変化を与えると、物語が修復不能なほどにバランスを崩すかも、という作り手の「守り」の感覚が働いたからでは無いだろうか。
麻帆良祭編」は、今までの伏線が多くの部分で成就し、各キャラクターの関係も発展し、実に魅力的なエピソードだった。しかし、それが好評だったからといって、その展開をなぞる事が同様に好評になるとはいえない。さらに、「麻帆良祭編」であまり生かせなかったキャラや、代替キャラ(敵キャラ=フェイト一味)が出来たキャラを整理して物語をまとめ易くしているのも、先に挙げた理由のとおり、明らかに逆効果だ。
このような展開を見ると、作り手の物語に対する消極的な意識を感じざるを得ない。キャラを切り捨てるような事無く、常に積極的に世界観を広げていく・・・、というのがネギまのはずだ。それを実行し続けなければ、今まで支持してきた一般ファンも積極的にネギまに興味を持つ事はないだろう。出来るだけ早い時期に、現在の「問題点」をクリアーにし、消極的な雰囲気を打ち消す必要があると思われる。

  • イデア展開 その一 「物語展開編」

まず、作品の中味について、今後どのような展開が望ましいのか、そのアイデアを出してみる。
今までに挙げた前提の中で、やはり一番気になるのが、「キャラクター数の先細り」だろう。そうなっていきそうな気配を感じさせるだけでも、ネギまとしては好ましくない。
しかし、既に各キャラの能力には大きな格差が生じている。それをどう是正するのか。
それを考える上で、一寸確認しておきたいのが、ネギまの最終的な終着点。ネギまの最終回のシーンは一体どの程度のものなのだろう。ネギが平穏無事に先生を勤め上げて麻帆良学園を去るという物? しかし、ネギのクラスメイト達との係わり合いは、そんな程度で済むものなのだろうか。
ここで提案として挙げたいのは「現実世界の大変革」だ。今のキャラ全部の底上げをするには、世界そのものを変革するしかない。
もう麻帆良学園内で燻っている場合でも無いだろう。ネギとクラスメイトの全員が深い関係を築くとするならば、現実世界で世界規模のスケールを持ついいんちょのスペックを使い切る上でも、全世界を相手にするような物語にしてしまったほうが良い。
安易に例としての展開を考えてみる。
まず、フェイトの計画実行で麻帆良学園に大影響。麻帆良学園内での魔法がほぼ公認になる。当然、ネギは事態を食い止めた功労者として、希望通り二学期も先生を続ける。そこで、ネギを中心とした、対フェイト一味対策本部設立(非公認)。つまりネギとパクティオークラスメイト「白き翼」の鍛錬の場となる。しかし、世界の各地ではフェイト一味の暗躍が続き、徐々に魔法の事が公に。白き翼は課外活動としての「正義の味方」行動を黙認される。そして冬休み、一味の真の目的が発覚。再度魔法世界に渡った白き翼は、北と南、魔法界と魔族界に分かれた第二次大分裂戦争勃発及び終結に関与し、現実世界、魔法界、魔族界の融和を成し遂げ、世界の英雄となる。そして三学期は各クラスメイト達の進路に係わるごたごたが続き、卒業式で大団円。
この展開での肝は、2学期をほぼ全クラスメイトによる「白き翼」としての活躍に当てる事。つまりクラスメイト全員の正義のヒーローものにするというアイデア。まあ、言ってみればライジンオーとか。ネギのパクティオーが拡大していくとして、それをどのあたりでまとめるか、という議論があるだろうが、今の流れを上手く利用するにはこの程度の事は必要だろう。対立関係の明確化として、フェイト一味のキャラをもっと組織的にするのは言うまでも無いが、「白き翼」のライバルとして世界中のNGO団体(?)を出すなどしてキャラクター数を一気に増やし(別に深く設定する必要は無い)、TRPGが出来るような世界観を作れれば、規模を拡大した上で面白く出来るかもしれない。
ついでに、卒業後の展開として、麻帆良学園が宇宙船になって、宇宙編に突入とか。(まだ言うかw)

  • イデア展開 その二 「イメージ変革編」

ネギまにおいて「もったいない」と思える部分が有る。それはその場その場でかなりしっかりした「世界観」を作っているのにも係わらず、それがメインの物語を消費するためにしか機能していない事。
例えば、「麻帆良武道大会」という「世界観」を作ったとする。その際、そこに登場するキャラは物語に関係ないキャラでも、世界観がある以上その世界に存在するキャラのはずだ。しかし、ネギまでは物語に関係しないキャラのデザインは他の漫画家だったり、アシスタントだったりと、つまりモブキャラとして忘れられるべき存在とされる。これは、物語作家としては当然の演出なのだが、世界観クリエーターならば一寸違う。ある程度しっかりしたキャラ設定を導入し、その上で「使い捨てる」のだ。この使い捨てられた設定は、物語としては単なる無駄だが、世界観としては重要になる。ネギまという作品の世界観にも魅力を感じる者は、この無駄設定を使って遊び始めるだろう。
ネギまに新たな力を与えるアイデアとして、読者の参画意識を高める、というモノがあるだろう。その際に、世界観の確立、遊びのある設定は大きな魅力になる。昔なら「ビックリマン」今なら「東方」のような部分を作り、読者がネギまという作品その物に積極的に係わりやすくするようなイメージを作るのも面白いかもしれない。
ただ、これは赤松健が作家としての意識を強く持っているとすると、かなり侮辱的な提案でもある。また、このイメージ変革によって、作品が散漫に感じられるだけで終わってしまう、というリスクもある。相応の代償が求められるアイデアとなるかもしれない。
あと、イメージを変えるアイデアとして、やはり見た目は重要だ。出来るだけ多くのキャラを新規参画させるのが望ましいと言ったが、新たなキャラクターのコスチュームデザインを、ネギま専用のデザイナーにまとめてもらうなどのパワーアップがあると良いだろう。これには、コスプレイヤー族にネギまを意識させるという意図もある。

  • イデア展開 その三 「商品展開編」

ネギまにおける商品展開は、今までかなり厳しい事をやっていたように思う。その理由としては、ネギまが結局「漫画の方が強い」作品だからだ。漫画原作のペン画としてのデザインは、なぜだかなかなか商品価値を高めるのが難しい。それがアニメ絵になると、商品としてのパッケージ力がぐんと上がる。ネギまのアニメ絵がもっと受け入れられていれば、ネギまの商品展開はもっと上手く行ったはずだろう。そういった意味では、皆が認めるほどのクオリティーのアニメ化は、何度でも挑戦する価値があると思う。
まあ、そういった過去話は置いておいて、ネギまの商品価値を高めるにあたり、原作部分をまったく置き去りにしておくというのももったいない話だ。ネギまの原作系のグッズは、ここ数年数えるほどしか出ていない。講談社は一体どうしたの?と疑問に思うくらいだ。
以前「ネギパ」というムックが出たが、あれは半分くらいアニメ版「ネギま!?」の要素が含まれていた。もっと純粋に漫画版ネギまをサポートするムックなどが出ても良いのでは無いだろうか。
例えば、「完全版ネギま!」の刊行。物語が途中でも良い。ネギまを大判で出版し直す。その最大の目玉は、「詳細な解説」。それこそ士郎正宗ばりの欄外解説をバンバン入れる。ネギまの魅力が綿密に織り込まれた設定だという事を、読者に改めて認識させるのが狙い。
後は順当な解説書。複製原画の復刻。原画集、アンソロジーコミックなどをだすのも良いだろう。ネギまの原作が新たな展開を迎えている事を知らしめるには、単にメディア展開だけをしても駄目だ。「原作が」どの程度のレベルの作品になっているのか、今後の展望があるのかを明示するために、漫画原作そのものをサポートする展開が必要だろう。それによって世間が盛り上がれば、再度メディア展開もしやすくなるというものだ。

  • イデア展開 その四 「作品制作編」

「生ネギま」で話題になった、「休載か減ページか」という事に付いても、素人考えながら口を挟んでみる。上記に挙げた案や、それに類する事を一気にやるのは、今の体制でははっきり言って無理だろう。(w)しかし、もし今後も赤松健が今以上の発展を目指すのならば、このくらいの事をしてしまった方がよいと思う。
おそらく赤松健は、漫画家として一寸した岐路に立っている。このままネギまを広げていくか、早々にネギまを切り上げて、新たな漫画に挑戦するか。
ただ、普通、新たな漫画に挑戦するという事は、新しい展開を求める発展的な思考となるのだが、赤松健の場合は少し違う。それは「漫画を描き続ける」という選択になる。対してネギまを広げると言う選択は、ネギまという題材に賭けて、より幅広いプロデューサーを目指す事が可能かもしれないという事になる。ネギまという作品にそれだけのポテンシャルがあるかどうかは、読者である者には到底断定できないが、今までの実績から考えても、賭けても良い選択だとは思う。
もし、赤松健が「ネギまに賭ける」とすればどうすべきか。その時は、赤松健は最終的に漫画を描かなくなっても良いと思う。いや、描くには描いても、それは毎週とかのペースである必要は全然無い。
まず、新展開、新イメージが明確になるまでは頑張って描く。そこで、様々なプロデュースのために長めに休載し、ネギまの世界観を盛り上げる企画に腐心する。その後は、年一巻ペース程度で作品作り、新たな情報提供をして、世界観の存続、拡大を図る、みたいな。
実際の希望としては、今のクオリティーのままペースを落とさずに続いてくれるのが一番望ましい。しかし、もしネギまという作品を今以上に発展させようとするならば、このような展開にせざるを得ないかもしれない。絶対的な最後の望みとしては、ネギまがある日突然打ち切られる、という事だけは回避して欲しいのだ。その為には、何年かかってでも豊穣な物語としてネギまが完成してほしい、という思いだ。
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まだ他にあったかな。あまりに長文書いていて、その最中に思いついたアイデアを幾つか取りこぼしているかも。
まあ、もう充分でしょう。尻切れの感も在るけど、ある程度すっきりしたので、この記事はここまで。
もし、最後まで読んでいる人がいたら、ご苦労様です。お付き合い戴き、ありがとうございました。