ARIA The NATURAL その神話的世界に

ARIAという物語が神話的世界観を有しているという事は、少しこの物語を深く考えたものならば、すぐ気付く事だろう。
妖精の名を冠した職業に持つ人々の物語であり、その職業によってその世界、惑星アクアが運行している。その惑星アクアこそ、人が一から人の住めるようにテラフォーミグした火星であり、つまり人々は自らの作り出した世界に生活している。世界を作り、そこに住む存在とはつまり地球における「神」そのものであり、つまりこの物語も創世神話そのものであるといえる。神の行いはその一つ一つに意味が宿り価値を持つ。そして、それは物語になっていく。つまりこの世界は神話的であるという事で、ほんの些細な出来事でも物語性を持つことが出来るのである。
しかし、この「神話性」というものは、実際の所、今例に挙げた名前などの形だけで容易に作り出せるものではない。ARIAにはもう一つ大きな要素がある。それは「猫」である。
実際のところ、神とは単純に自らその位に就くものではない。多くの神話において、神が神である事を承認する「何者か」の存在がある。(ただし、当然の事ながら、神自体が絶対的存在である神話において、その存在はあくまで脇役としてあつかわれているが)地球の神話において、その存在は普通「自然」である。自然に認められた者が超自然的な力を持つ神となり得る。しかしアクアにおいては、その自然を作り出したもの自体が人間であり、承認者となるべき存在がない。そこで惑星アクアで、その自然に成り代わり、神の承認者となっているのが、「猫」なのである。
猫の存在とは「安全な生活圏」の証明である。猫が住んでいる街は人の住んでいる街として安定している。逆説的に言うと、猫がこの世界を人の住むべき街として認めていることで、この世界が成り立っているといえる。つまり猫こそがこの世界、惑星アクアの承認者なのだ。そして、その承認者としての責を受けた証しとして、この世界の猫は長寿である。そして、その長寿によって大きな体躯の猫も存在している。そういう意味では、猫の王、ケット・シーこそ、このアクアの真の意味での神であろう。彼は一体いつからこの惑星アクアに、いや火星にいたのだろうか。火星がテラフォーミングに成功する前、人と共に来た猫が大いなる啓示を受け、人の行いを見守る存在へと転生したのかもしれない。そして彼によって承認された世界は人が住む世界として許されている。人は地球以外に神話を持つことの出来る世界を作ることを許された。それは人類の未来が、常に広がっていく事を許された、ということにもつながるのだ。なんとも大きな「承認」だろうか。
そして、物語上登場した中で、猫の王の次に大きな身体を持つ猫も当然大いなる力を持つ存在であろう。つまりその存在、アリア社長もこの世界における偉大なる力の象徴といえる。
そして、改めて注目すべきなのが主人公水無灯里の存在になってくる。
水無灯里は元々この世界の住人ではない。マンホーム=地球からウンディーネに憧れてやってきた生粋の地球人である。彼女の役割はこの世界に感動する事。この世界の素晴らしさを誰よりも理解すること。アリア社長はそんな彼女を一目で受け入れる。アリア社長は灯里に会った時から常に彼女に付き従う事になる。そう、ケット・シーに猫の王としてこの「世界創造」の立会人の任が与えられていたように、アリア社長にも大いなる任務が与えられているのかもしれない。それは「次世代の神」の生まれる瞬間に立ち会う事。今までの人間は「創造神」だった。しかし、創世の代は終わった。この次は、この世界を発展させる神の存在が必要。そんな時新たな神をどうやって作り出すか。それは多くの場合「稀人神」がその任を担う。ウンディーネはこの「水の惑星」アクアの象徴とも言える都ネオ・ヴェネツィアの看板職業。つまりこの惑星の象徴的存在。神に例えるならば正に「女神」的存在だろう。その女神としての存在に稀人である灯里についてもらい、その鋭い感性で更なる高みにに上ってもらうのが、その願い。このアクアという世界の、より良い所、深い所を見せ、体験させるのもその為だ。また、そんな大切な存在だからこそ、誘惑も多い。アリア社長は灯里に近寄ってくる邪霊を払い守護する役目を担っている。水無灯里とは、そんな神獣を伴い世界を巡る、「未だ目覚めぬ女神」といったところだろうか。
この「ARIA」という物語は、人と人との交流が織り成す、癒しの物語である。そして美しい自然の素晴らしさを改めて見直すことの出来る物語でもある。そしてなおかつ、人類の進歩と発展を許す物語であり、新たな女神の誕生の物語である。
なんとも豊かな物語であったことか。
今は2度目の最終回を迎えるが、またこの世界に返って来れる事を願いたい。