父系家族的な「シスプリ」、母系家族的な「べびプリ」

最近、突如べびプリにはまってしまったw。
Baby Princess」、通称べびプリというこの企画、あのシスプリ公野櫻子によるものであり、真に正統的な「シスプリ」の後継企画として、元シスプリファンも舞い戻ってきて、大いに盛り上がっているようだ。
同じ原作者による作品なのだから、雰囲気が似通っている所があるのは当然なのだが、それでもやはり違う部分もある。今回は、そんなシスプリべびプリの、構造的な違いについて少し語ってみたい。
シスプリべびプリは、共に「ある日突然、沢山の姉妹が出来てしまう」という物語であり、その点ではとても似た設定の様に思える。しかし、二つの作品の違いとして、べびプリにはシスプリに無かった要素が追加されている。それらを幾つか挙げてみよう。

  • 「0歳児」の存在
  • 「姉」の存在
  • 「ツン」の存在
  • 「母」の存在

この様に見てみると、べびプリシスプリの拡張版、と言えるかもしれない。しかし、逆にこれらの要素を追加した事により、シスプリにあってべびプリから無くなったものが存在する。
それは、「絶対的な恋愛感情」。
シスプリの妹たちは、その「全員」が最初から最後まで兄の事を慕って、いや、恋愛感情を持っている。シスプリべびプリは、共に姉妹という「家族が出来る」という点で同じだが、シスプリには、それと同時に恋愛感情が「絶対的に」付与されていたのだ。それは、もしシスプリの妹たちが兄の事を少しでも嫌ってしまえば、その時それはシスプリでは無くなってしまうほど絶対的なものだった。
対して、べびプリでは、最初は兄の事を嫌う存在や、0歳児など、恋愛となっていない者、なりえない者が存在する。つまり、べびプリにおける恋愛感情に絶対的なものは存在しない。替わりに、べびプリでは、「母の存在」が明確にあり、各姉妹の誕生日がほぼ正確に13ヶ月離れているなど、「血縁関係」が明確になっている。その事を考えてみると、逆にシスプリでは「血縁関係」はかなり曖昧だった。
シスプリべびプリのように「恋愛シミュレーション的な」作品において、主人公とヒロインの関係性とは、最も重要な意味を持っているだろう。しかし、両作品において、シスプリは「恋愛感情」によって、べびプリは「血縁関係」によって、主人公とヒロインがつながっているといえる。ある意味、根本から違う作品、と捉える事もできるのだ。
この事をもう少し分析してみると、「シスプリは父系家族的、べびプリは母系家族的」と捉えることもできる。
シスプリでは妹たち全員が兄を慕っていなければ、その特殊な「家族」は存在し得なかった。というのも、妹達はその母親がおそらく全員違う。もし妹達全員が本当に主人公の本当の妹ならば、全員が一人の父親によって作られた子供、という事になる。正に「父系家族」だ。そしてそれは、「父の子」というものは「父の認知」によってしか認められない、という事実と向き合う必要があるという事に繋がる。つまり、この家族は「人の心」によって繋がるものあり、それが故に「恋愛感情」が「絶対的に」必要とされていたのだ。
対して、べびプリでは「母の存在」が「絶対的に」全ての家族を繋げている。そこには「血縁関係」が明確にあり、それだけで主人公と姉妹の関係は絶対的なものとなっている。正に「母系家族」だ。
そして、この「父系家族」「母系家族」の違いは、主人公とヒロイン達の関係を具体的にどう変えているだろうか。
例えば、シスプリの「父系家族」とは「人の心」によって繋がる関係と言ったが、それを「父の権力」と置き換えることも出来る。そして、その「父の権力」とは、もし父が不在ならば兄に引き継がれるものだ。つまり主人公とヒロインの関係は、その全てが「権力者と従属者の関係」と見ることも出来る。この隠された関係性が、シスプリにおけるプレイヤーの欲望を満たす一つの要素だったといえるだろう。
対して、「母系家族」としてのべびプリでは、主人公は家族唯一の男子、という立場を与えられてはいるものの、ある一人の母の、沢山の子供の中の一人であるという立場は変わらない。つまり、主人公とヒロインの関係は、あくまで平等、並列なのだ。これは、シスプリの中に隠されていた「権力者と従属者の関係」が無くなっているともいえるが、替わりに「姉」の存在、また「ツン」の存在=「ツンデレ」を許容しているといえる。実際の所、「権力者」とは同時に「義務を果たすべき者」という意味にも繋がる。べびプリでは、強制的に妹達から慕われる「立派な兄であり続ける義務」から開放されたともいえるのだろう。
世間では、シスプリが主導した「妹萌え」の時代から、自然に「ツンデレ」の時代に移行していた。それは見方を変えると、世間そのものが「父系家族的」なものから「母系家族的」にものに移行した事を意味していたのかもしれない。そして、べびプリはそんな世間の「母系家族的」な流れに寄り添う形で登場してきた様に思える。
べびプリは、まだ本格連載が始まってもいない。そこで展開されるであろう、べびプリが内包する構造には、もっと面白いものが含まれてきそうな気がする。これからの展開が実に楽しみだ。