「君は報われない幸せを知らない」について

Landreaall15巻から。確かにこのセリフは面白い。私も少し考えてみた。
主人公DXは、庶民のフィルを自分の身分(王位継承権所持者)を利用して助けるが、それをさも当然の様に言う。それに対し根っからの商人ライナスが「騎士道は浮かれた理想主義とナルシシズムで出来ている」と嫌味を言う。すると、DXが返した言葉が「君は報われない幸せを知らない」というものだった。
まず、ライナスはDXの行為を「騎士道」だと言っている。しかし、実はこの事からおかしい。というのも、DXは元々騎士道精神とはかなりかけ離れた自由奔放な精神の持ち主だからだ。ライナスも、実際にはその事を知っているはずで、最初の嫌味自体、本心から言っているのか少し疑問がある。つまり、「お前のやっている事はよくある騎士道と同じだろ。自己満足なのか?」というカマかけも含まれているようだ。
それに対してDXはかなり真剣に答える。「報われない幸せ」、それは確かに騎士道を意味している様に思える。おそらく、そこには後に自分が高位に付いたとき、自分を守る事が想定される騎士達の精神を代弁している、という向きがあるのだろう。
しかし、DXの表情はただ真剣なだけでなく、より深い憂いを含んでいるようにも見え、そこからさらに深い意味を読み解きたくなる。
「報われない」という言葉は、DXの過去のエピソードを思い起こさせる。DXは幻想の少女に対して「報われない」恋に落ち、あろう事か竜と戦ったという過去があるからだ。
それは、乙女を守り竜と戦うという一見「騎士道」にも近い行為にも思えるが、実際には違う。DXは純粋に少女への恋に落ち「騎士道」とは別の行為として戦ったからだ。だから、DXは自分の恋が破れた時、かなり深く落ち込んだ。人から「からっぽ」と言われるほどに。よって、彼はこの自分のエピソードと騎士道を直接結びつけてセリフを言ったのでは無いと思える。
また、彼はこの時の事を、「幸せ」と認識できるほどに達観しているか今の時点では不明だ。単純に「過去の恋」=「幸せ」と言い切れるのかは疑問が残る所と言えるだろう。
となると、DXのこの表情は何だ?という事になる。彼はどうして、何かに憧憬を感じているかのような切ない表情をするのだろう。
そこで、気になるのがその同じページ、すぐ後に登場する葡萄の房だ。これは、この後のDXにとってより深い意味を持つエピソードに繋がっている。
それは、幼少時の槍熊との出合いによるDXの原初の記憶。彼の精神を形作ったものと言えるだろう。
敵も味方もある意味同列。全てが摂理によって定められているという精神。人の世の理も、その感性からすれば歪みとも取れる。彼の感性は、それに対してみると限りなくフラットなのだろう。
DXは、そんな人の世でかなり特異な感性を抱えながら、それでいて人の世の歪みの頂点とも言える地位を所有した存在と言える。そして、その事を深く自覚している。
そう考えると、このセリフの意味もやっとDX自身と繋がってくる。
DXの言う「報われない幸せ」とは、ほぼ単純に「生きる幸せ」の事を意味しているのでは無いか。ただその「生きる」は、自然の摂理に繋がる力強い意味を持つだろうが。そう捉えれば、騎士候補生達の「騎士道」も、自身の失恋譚も、このセリフの中に含まれる。
そして、騎士道を軽く侮辱するライナスに対し、それを「君は・・・知らない」といい放つ。それはライナスが商人としての感性をチラつかせている事も関係あるだろう。「商人根性だけでは生きる意味を知らない」という痛烈な批判にもなっているわけだ。
また、このセリフは、DX自身にも向かっている。自分は「報われてしまう不幸」の最もたる立場に既に居る。それを認識し、管理しないと上手く生きる事さえ難しい立場だ。それはDXにとって正に不幸。考え方さえ変えれば「報われない幸せ」をいくらでも享受出来るかも知れない友人に、愚痴の一つくらい言いたいという向きもあるのだろう。
このセリフは、楽園から遠く離れて人の世を彷徨う稀人が、自分の想いを洩らした言葉と言えるかもしれない。

Landreaall 15 (IDコミックス ZERO-SUMコミックス)

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