アリカ王女のクーデター 〜悲劇の王女が辿った運命〜

ラカンの昔話、ナギの過去話であるEP1「旅立ちのラカン」において、主人公ネギにとって重要な関わりを持つであろうと思われる女性が登場した。旧ウェスペルタティア王国の王女アリカ殿下。大戦を通じてナギとなかなか良い感じの関係になり、もしかしたらネギの母親かもしれないとも推測される女性だ。
彼女は、女王の名に相応しい威厳の持ち主で、戦争に向かおうとしている世界を自らの行動で正そうとする、正義感に富む高潔な精神の持ち主だ。
王女という立場。立派な人格。これらから彼女に対して、お話の中に出てくる「よくある完璧な王女様」と思ってしまいがちだが、実際の所、彼女の実情は全くといって良いほど明らかにされていない。
この事については今までも各話の感想で少しずつ書いてきたが、ここでまとめておこう。ついでに、まとめる事で大戦末期の各国の思惑などもなんとなく推測できたり。

  • 権力の無い王女

まず、アリカ王女は王女と呼ばれているので、少なくともウェスペルタティア王国の王位継承権の持ち主ではあるのだろう。しかし、現ウェスペルタティア王は、その存在の一切が描かれなかった。つまり、彼女と王との関係は、実は全く分からない。普通、王女とは王の娘だが、必ずしもそうでない場合もあるからだ。
では、彼女は王国内で一体どんな立場なのか。それを推測する事ができるのが、かなり以前に描かれた明日菜の夢の中の描写だ。(169時間目)この夢は大戦勃発時の時と思われ、つまり今回のEP1「旅立ちのラカン」直前という事になる。
「旅立ちのラカン」内において、アリカはアスナと心を通わせていると思しき描写があった。(231時間目)それは単なるイメージ映像かとも思えるが、長期に渡る大戦の最中なので、実際にその様な機会が有ってもおかしくは無いだろう。しかし、明日菜の夢の中、アスナはウェスペルタティア王国に戦争の道具として虐待ともいえる扱いを受けている。これは大きな矛盾だ。更に言うと、その矛盾を知っているはずのナギが、アリカ王女にその事を責めている様子も無い。この後も、ナギとアリカはアスナの状況はそのままに協力して行動していく事になる。
この事から、アリカ王女には、アスナを戦争の道具にするという行為を止める権力が無く、また、その責任すら取れない立場にいる、という事が分かってくる。

  • 虚飾の立場を推理する

父王が絶対君主的人物で、それに逆らえる状況に無いのか、王族は象徴的立場であり実権を握る内閣や教会などが存在しているのか。若しくは、彼女は先代王の娘とかで、現在は親族に王の座を取られているとか。彼女の歳の若さも微妙で、若いが故に権力を掌握出来ない&一応王女の立場は保っている、という状況は充分考えられる。
ただ、これらの内どれが一番可能性があるかを推測出来る描写がある。それは、アリカがナギと共に世界の敵となった時、オスティアも併せて「敵」という認識をしている事。(232時間目)これは単に言葉のあやともいえる些細な事だが、少し違和感がある。王国とは王の所有物だ。その国の王であるならば、国を正す事は有っても国が敵になるという認識そのものがありえない。彼女がもし王の娘だとすれば、同じ王家としてその認識は変わらないだろう。内閣や教会が暴走していても同様だ。王族が自らの王国を敵だと認識する時とは、自分とは別の王家が発生した時。つまり、王族の誰かに王位を奪われている可能性が高いだろう。
ただ、王国はアリカ王女が和平活動をする事を黙認していた様だし、アリカも結局アスナの身柄を王国に預け続けていたようだ。それまで両者は互いを容認すべきそれなりに深い間柄があった様に思う。そこから推測すると、例えばアリカは、先代の王の娘で幼い頃に王が崩御し、彼女の王位継承権をそのままに、王弟がつなぎの王と定められたとかが考えられる。つまり、アリカと現王は姪と叔父の関係。王弟は、善政を布けば権力を増すが、アリカがある年齢になれば必ず王位を譲らなければならないという微妙な立場。そんな刹那的な立場に自暴自棄になり、闇の権力に加担するようになったとか。アリカも王に相応しい人物であると国民に認めてもらう必要があるため、あのような高潔な人格を保っているし、叔父に当たる王には相応の敬意を払わねばならない立場だったり。しかし、叔父と姪は、一度対立してしまえば互いに傍系。別の王家と認識する事になる。よってアリカは王国を敵と認識した・・・という感じだろうか。

  • 王女のクーデター

そんな、立場上微妙な王女であったと思われるアリカだが、大戦の最終盤、大戦の根源でもあった「完全なる世界」本拠地攻略戦において、彼女は既に女王に即位している。(233時間目)
これは、考えてみればある意味当然の結果とも言える。これまでに、「完全なる世界」とウェスペルタティア王国の王都オスティア上層部との繋がりは指摘されていたし、実際に「完全なる世界」の本拠地はオスティア空中王宮最奥部「墓守り人の宮殿」だった。つまり、ウェスペルタティア王国は「完全なる世界」の本拠地を守る為に、その武力を利用されたと推測される。
この辺りの言葉の使い方でも少し微妙な点があり、ガトウは「完全なる世界」とオスティアとの繋がりを指摘していてもウェスペルタティア王国との関係は言及していない。どうやら、王国内にもオスティアを中心とした勢力が有ったとも考えられる。例えば「オスティア教」みたいなものが国教としてあり、その教会が勢力を伸ばして、現王を篭絡していたとも考えられるだろう。そのオスティア教の裏の顔こそが「完全なる世界」だったとか。銀英伝におけるフェザーン、地球教みたいなものか。
ともあれ、紅き翼の活躍により、世界の巨悪の根源がオスティアにある事が分かり、その盾にされられたのがウェスペルタティア王国という状況。その本拠地を叩く前には、それを阻む勢力との一戦があっただろう。
「完全なる世界」側はフェイト一味が陰で操るウェスペルタティア王国軍。そして、それを倒すべく王国に侵攻をかけるのが、アリカ王女率いる「帝国・連合・アリアドネー混成部隊」(義勇軍であり、正規軍ではない)。その戦いでアリカが勝ったからこそ、本拠地に王手をかける事が出来た。つまり、この時点でウェスペルタティア現王の勢力は排除されていたという事になる。
そして、王国に王がいないという事はありえない。現王を倒し、王位継承権を持つ王女が王になった。これは、世界を救うという大儀の為に、選択の余地の無いことだったかもしれないが、しかし、形からすると正にクーデターと言える。アリカ女王は、クーデターによって王位についた王女だと思ってよいだろう。

  • 亡国の女王

しかし、アリカが女王となったウェスペルタティア王国はその後どうなったのか。それは歴史の教科書に載っている。(211時間目)魔法災害「広域魔力減衰現象」により王都オスティアは壊滅した。現在、新オスティアには総督府が置かれている(214時間目)。女奴隷長の言葉からしても(216時間目)、ウェスペルタティア王国は滅んだと考えてよいだろう。
この「完全なる世界」との最後の戦いの時、帝国と連合の両大国も参戦し、世界の危機を救っている。それは確かに、「結果的に」彼らの力が必要な状況があったので、大戦の最中敵味方関係なく手を取り合った美談として語られている。
しかし、実情はどうだろう。既に戦争も最終盤、大方の形勢は決まっていた。「完全なる世界」が「世界の始まりと終わりの魔法」によって世界を滅ぼそうとしている状況など、この戦いにおいてはまるで予想の範囲外だろう。(情報はアルによって手に入っていたようだが、それを信じていたのなら、もっと早く行動しなければいけないはずだ)それなのに、このタイミングで両大国は武力を差し向けた。
つまり、この大国の行動は戦後処理行動だったのだ。大戦の元凶は「完全なる世界」であり、オスティアであり、ひいてはウェスペルタティア王国だ。それが分かってしまい、排除されてしまえば戦争が終わる。その時、それを倒す「正義の行動」にどれだけ多く貢献出来たかで、戦後の利益も変わってくる。利益、つまりそれは「旧」ウェスペルタティア王国の国益だ。世界を滅ぼすような組織とつながりのあった国は、「当然」終わってもらう。その後の統治権に名乗りをあげる為に、戦力を動かす必要があったのだろう。
そして、おそらくそのような国益意識が強かったのは連合側だろう。帝国は最初から第三皇女がその情報を多く持つ状況にいたのにその動きが遅かったし、実際に戦後新オスティアを統治しているのは連合側と推測される。帝国は、連合の動きに併せて動かないと不利になると皇女が進言した事で、なんとか体裁をつけたといったところだろうか。後の連合側代表、メガロ艦隊旗艦スヴァンフヴィート艦長リカードの容姿はまるで正義の弁護士のような印象だが、案外食わせ物なのかもしれない。
そして、そのような自分の国を滅ぼす勢力と共に乗り込んできたのが、アリカ女王陛下だ。
アリカ自身分かっていたのだろう。自分の国の立場は、この大戦において到底許される状況では無い。戦後ウェスペルタティア王国が存続する可能性は低い。ならば、自分の国を餌にしてでも、連合の兵力を動かした方が現実的。彼女が連合側の旗艦に乗っていたのも、彼女自らが自分の国を餌にして直接交渉をしたからとも取れる。つまり、彼女自身が、後のウェスペルタティア王国の国益譲渡の生証人であり、早い話が人質にも似た立場であの旗艦に乗っていたとも言える。
結局の所、「広域魔力減衰現象」によって王都オスティアは壊滅し、ウェスペルタティア王国の領土は大きなダメージを負ったと推測される。しかし、それだけでは国は滅ばない。僅かな国土と統治の意志さえあれば国は存続するはず。新オスティアがあった様に、国土は全て無くなったわけでは無いだろう。しかし、アリカ王女は王国を存続出来なかった。いや、連合を引き連れて戻ってきた時から、存続する意思が無かったと考えた方が良いのだろう。女王たる彼女に統治の意志が無かったからこそ、ウェスペルタティア王国は滅んだのだ。
アリカは、自分の国を終わらせる為に戻ってきた、正に亡国の女王だったといえる。

  • 悲劇の王女

王女の威厳に満ち、性格的にも清廉潔白、そして見目麗しい容姿の、正に完璧な王女とも思えるアリカ。しかし、その王女の辿った運命は、決して満ち足りたものではなかったと想像できる。
王女時代、既に国内で王女としての権力を持つ立場ではなく、それが故か国外の和平活動などに奔走していた。
そして、大戦の原因が自分の王国であると知るや、故郷でもある自国を敵として戦い、クーデターによって、おそらくは親族になるであろう現王の命を自らの手で排除していると思われる。もしかしたら、それは実父であった可能性すらある。
そして、そのクーデターは、自分の国を救う為のものではなかった。逆に自分の国を滅ぼす決断だった。世界を救う為とはいえ、彼女は自分の国を自らの手で滅ぼしたのだ。
更に言うと、彼女には妹とも慕う間柄だったと思われる「黄昏の姫御子」アスナという存在がいた。そのアスナこそ、世界を滅ぼす魔法の素だった。アリカは、そのアスナすら自らの手で排除せざるを得なかったのである。
ただその立場に居た。ただそれだけの為に、アリカ王女は今まで持ってた自分の全てを、自らの手で葬らなければならなかったと言える。これを悲劇と言わずして、なんと言おう。
最後に彼女の元に有ったモノは、世界を救ったという名誉だが、それは自国を滅ぼしたという自責の念で全て打ち消されてしまうだろう。実際の所、彼女の取った行動によって国を失い、彼女の事を恨んだ国民が相当数居たとしても全然不思議ではない。
それでは結局、彼女は最後に何も持っていなかったのか。
いや、後、幾つかのモノが残っていただろう。それは、共に戦った紅き翼との友誼。そしてナギだ。アリカは、この後ナギとの繋がりを実の有るものに出来たのだろうか。もし、ネギがナギとアリカの子であれば、それは悲劇の王女であった彼女にとって、とても喜ばしい事の一つになっただろう。
さらには、自らの手で排除せざるを得なかったアスナという存在。それは決して消えてしまったわけではなく、おそらくは封印されただけのようだ。アリカにとって、封印されたアスナという存在は、彼女の今後の行動を決定付けるものだっただろうと思える。国を無くし、女王でもなくなったアリカは、戦後の処理が終った後には、封印されたアスナを救う事を考えていたのでは無いだろうか。事実、アスナはその後復活し、明日菜という普通の少女として平和な人生を送る事になる。その背景にはアリカの尽力が在った、とか。その物語は、悲劇の王女アリカのその後の冒険譚として語られるのかもしれない。
そして、ネギが活躍している現在、アリカは一体どのような状況にあるのだろうか。