乗り遅れた者の運命は?

前回までの展開で、時間跳躍にどう考えても間に合いそうもなかったのが楓。実は刹那の紙型が身代わりを務め、先に向かっていてぎりぎり間に合った。ところでこの場合、もし仮に楓が時間跳躍に間に合わなければどうなっていたのかを考えると、結構難しい。
まず最初に、今までのカシオペア(ネギが持っているもの)の時間移動では、歴史は変わらなかった。
(これについては5月19日の超に関する推理 その六「タイムパラドックスについて」参照)
しかし、超は歴史改変を成功させたようであり、今ネギ達がいる世界はその歴史改変後の世界と思われる。仮にそうだったとすれば、超はカシオペア以外の「何らかの力」によって歴史改変をしたことになる。
そしてネギ達はこれから過去に戻るわけだが、もし歴史改変を阻止できるのだとすれば、普通に考えれば、単にカシオペアで過去に戻っただけでは駄目だ。超と同じ「何らかの力」を発動させる必要がある。
こうなるとこの未来に取り残された楓の運命は、その「なんらかの力」が一体何か、という事とかかわってくる。
例えば、単純にその力を「(超などの)異時間存在の行動が歴史に影響する力」というご都合主着な力であると仮定した場合はどうだろうか。その力は、力の発動した時間以降の世界そのモノを全て書替えた、という事になる。となると、もしネギ達が超の計画阻止を成功させたとすれば、書替えられた世界を、また書替えることになる。そしてその時、楓は書替えられる世界にいるわけだ。
しかも、ここではもう一つ考慮しなければならない点がある。それは楓自身も異時間存在であるということ。そんな存在が書替えられる時空にいた場合どうなるのか、と考えると訳が判らなくなる。
ご都合主義的力にはご都合主義的答もある訳で、例えばタイムマシンによる歴史改変が可能な世界観の「バックトゥーザヒューチャー」にも似たようなシチュエーションが出てきたが、そこでは世界が書替えられても異時間存在はそのままという描かれ方だった。
しかし、世界の全てが書替えられるような大異変の中において、一個人という矮小な存在がそのまま保存されるというのもかなり無理のある解釈だ。普通に考えて、「次元の狭間に消えてしまう」等の結末を推測するのが妥当の様に思える。
そう考えると、あのドラゴンに襲われそうになった瞬間は、楓の命をとるかパーティの安全をとるかという、かなりシビアな選択だったと言えるだろう。