刀語 第一話 絶刀・鉋

いやはや、以前から西尾維新の才能には恐れ入っていたけれども、こんな事になるとは思ってもみなかった。彼の才能は非常に独特で、映像化に適しているとは到底思えなかったから。だから、知る人ぞ知る程度で留まると思っていたのに、今ではエンターティメントの旗手として、映像化が最も期待される作家になっている。西尾維新自身はもとより、映像化をした人、さらにはこの映像化の企画をした人こそ賞賛したい。
そのエンターティメントは何が面白いのか。それさえつかめればそのメディアミックスは成功を約束されるのだろう。西尾維新においては、なにより「語り」だ。語りのテンポ、それこそが一番大事。その事を丁寧に実現したのが大ヒットした「化物語」であり、そして、この「刀語」もそうなっている。
まあ、これなら充分面白いよね。語りのテンポとは、つまり演出のテンポなのだ。テンポのよい演出で構成された映像は、それだけで見ていて心地よい。実は、アニメでその事を以前からやっていたのが押井守なのだけれども、それを真似するアニメはついぞ出なかった。アニメの力は「画」にあり、それこそが一番「偉い」という「妄信」に捉えられていたからだろう。押井守自身も、あまりそれを良しとしない態度を取っていたし。
しかし、演出の為ならば「画」すら不要という作風は、少しずつ認知されて来ている。それは「TVエヴァ」の作画崩壊くらいから?いや、少しずつ視聴者を慣らしていったのは、結局新房昭之とシャフトなのだろう。
それにしても、昔から「画の力」に莫大な信頼(期待)を示し、執拗なまでの画作りをする事で知られた新房昭之が、今では演出の為ならばどのようなネタでもやる、画も捨てるという作風になって、このような境地を開拓したという事は、本当に驚きに値する。そして、監督をこのようなエンタメ志向に向かわせたのが、リリカルなのは都築真紀らしいというのも凄い繋がりだ。まあ、これは大沼心氏がイベントで語った「感想」でしかないので、本当の所は分からないが。
話がずれた。
とにかく「刀語」だ。
この物語も「語り」が魅力。それをスマートに再現し、実に上手くまとめている。設定は時代劇。けれども何処かハイカラ。いわゆるハイパー時代劇。それを西尾維新と言えばこの人、ともいえる竹のスマートなデザインで見せる。下手をすれば上滑りするようなセリフや設定をコミカルとゆるさですり抜けている。
作り手が変われば見せ方も変わる。元永慶太郎も才能ある人だけれども、どこか画作りに粘りのある人で、どの程度西尾維新を「受け止められる」のかは未知数だと思っていた。けれども、その画作りへの粘りこそが、新房監督同様、演出への許容力になるのかも知れない。なんだか、非常に「アニメらしいアニメ」を見たような気分にさせられた。これほどセリフに特化した作品なのに。
さて、充分合格点を上げられる第1話だったので、次回が非常に楽しみだ。
そして、この「刀語」シリーズが成功したら、西尾の大本丸とも言える「あのシリーズ」もアニメ化がなるのかな。期待したいところだ。