マスカレードの解散と「トップアイドルの崖」

つくづく「アイカツ!」は「大人なアニメ」だと思う。子供たちの視点に立った、子供たちの望む展開を考えて作っている。
物語を作ることは、簡単に言えば「波」を作る事だ。
例えば、よくあるヒット作品はまず最初に不幸を提示する。視聴者から幸福を奪う。幸福を奪われた視聴者はなんとかそれを取り戻したいという感情に囚われて、次の展開を「見ざるを得なく」なる。そして最終回に何かが回復する大団円を見て満足する。
そういった「不幸と幸福の波」を上手く提示しておけば、視聴者は簡単に満足してしまうのだ。
しかし、相手とする視聴者が児童の場合はどうだろう。児童に不幸を提示すること、人の感情の悪い面を提示することは大きなストレスとなる。
子供が楽しむアニメくらい、ストレスの無いものを与えたい。もちろん子供にもストレスがあって、それに対する耐性くらい付けるべきという考えもあるかもしれないが、アニメみたいな娯楽くらい幸福な世界を提供したいと思うのは、子供を見守る大人としての態度と言うべきだろう。
アイカツにおいて、トライスター編という展開があった。トップアイドル美月がユニットを組む相手をオーディションする物語。結果は、主人公いちごの力及ばず親友の蘭が選ばれてしまう。その上、親友の蘭はトップアイドルのトライスターとして活動しなくてはならないから、今後は会えないかもしれない辛い別れにもなってしまう。さらに、トライスターとしての蘭もトップアイドルとして常に実力を向上しなければならないというストレスに晒されることになる。
アイドルの現場において当たり前にあるであろう辛さを描いた展開として、「大きなお友達」には実に楽しい展開だったのだけれども、これを見た子供たちにはどうだっただろう。ストレスが積み重なる展開は、子供達がアニメに望む展開とは違うものだったかもしれない。
アイカツの作り手は、そのような子供の反応を充分理解していて、トライスター編の辛い展開はその直後に全て解放してしまう。蘭はすぐにトライスターから離脱していちごとソレイユというユニットを組むし、実力を見せつける美月とはスターアニスという大規模ユニットを組むことで、同じアイドル活動をすることが出来る。アイドルとしての目くるめく楽しい活動が展開していく。
きっと、それこそが大人としての作り手が子供に与えるべきアニメというものなのだろう。
しかし、現実にはやはり「波」があるからこそ物語は生まれるものだ。
伝説のユニット「マスカレード」は突如解散したという歴史が残っている。マスカレードのミヤはいちごの母としてアイドルから弁当屋に転身している。なら何故アイドルを辞めたのか。そこにはアイドルに対する負の側面があったのではないか。それはアイカツにおける当初からの疑問点でもあった。
物語の中では負の側面は語られない。いちごの母りんごは「幸福を選ぶ」「より一人一人と接したい」というポジティブな言葉のみで、弁当屋を選んだと言っている。
しかし、負の側面はあったのだろう。りんごの言葉は、裏を返せばアイドルとして大きくなりファンが増えてしまったためファンの一人一人と接することが出来ないという苦悩の存在を示している。
この苦悩は、実はトップアイドルを描く物語として最もポピュラーなものと言ってよいだろう。主人公となる心あるアイドルは、一人一人のファンこそ大切にする。心を伝える事こそがアイドルだと思っているから。しかし、ファンが増え続ければ何時かその一人一人を覚えきれなくなる。ファンからは知っているのにアイドルからは知らないという「不義理」が生じてしまう。その事に苦悩し、アイドルの存在意義そのものまで考えてしまう。いわば「トップアイドルの崖」と言うべきものだろう。
この「トップアイドルの崖」を最も切実に語ったのが「アイドル伝説えり子」の最終回だ。トップアイドルえり子が突如失踪する大事件として語られている。(対して、「きらりんレボリューション」のきらりは、驚異的な記憶力を示してこの難関をいとも簡単に乗り切ってしまうのだが、それはまた別の話w)
アイカツにおいても、マスカレードのミヤがこの「トップアイドルの崖」に突き当り、そしてその結果は引退に繋がっている。直接的な表現ではないが、そう考えてよいのだろう。
アイドルとそのファンとの関係は、その描写も含めて実は微妙なものと言ってよいだろう。下世話な言い方をすれば、ファンはアイドルに対して「欲望」をぶつけるものだし、アイドルもファンに対しては「商売の顧客」という見方をしなくてはならない。そこには心の繋がりとか綺麗な感情だけではないドロドロとしたものが存在する。
しかし、アイドルアニメは、特に子供の為の物語では、そういった負の側面は出来るだけ隠して描いていくべきだし、実際にそのように描かれているものが多い。とは言え、そういった負の側面が「全く無い」物語としてしまえば、それは嘘の物語ともなってしまう。物語として負の側面の存在を提示しつつ、それを出来るだけ隠して描く事こそ、望ましい描き方なのかもしれない。
アイカツは、そういった相反する描写を、実に丁寧に行っていると言えるだろう。
しかし、マスカレードのミヤは主人公いちごの前身ともいえる存在だ。この「トップアイドルの崖」がそのミヤが行き当たった難関として示された以上、これはいちごにとっても難関となる可能性が示されたと言う事になるのではないだろうか。
TVアニメアイカツは、もうすぐ第1シリーズが終了し、次のステージに向かうようだ。最終回に向けての目下の展開はクイーンカップであり、今更その展開に負の側面が加わる必要はないだろう。
しかし、もし次のシリーズで主人公いちごが美月と同じステージに立ち、トップアイドルとしての活動が描かれるのならば、この「トップアイドルの崖」はいちごの前に立ちはだかる事だろう。今回のマスカレード解散顛末の口伝は、その展開の芽を示す役割を担っていたと言える。
・・・深夜アニメで、アイカツの裏側で展開する泥臭いアイドルの実態を描くとかしてくれないかな。「アイカツダークネス」とか題して、マスカレード解散時のドロドロしたぶつかり合いとか、トップアイドル美月が苦難の中業界内で今の立場を確立していく過程とかのエピソードを描いてくれたら、超燃えるんだけどw。