濃厚3度目アニメの快楽 〜今期「神のみ女神編」「げんしけん二代目」の凄味

人気の有るマンガはアニメ化する。そして、そのアニメ化も出来が良ければ続編が作られる。そしてそして、それでもファンが満足しきれない場合は、さらに3度目のアニメ化もある。最近では分割放送とか、続編も当たり前なのだけれども、3度目のアニメ化を迎える作品は、やはり出来が良いからこそ作られるのだろう。
そして、そうやって作られた作品は作り手も気合が入っているし、原作に対する理解度の向上などで、質そのものも上がっていたりする。まあ、一部作品では、作り手の感性が間違った方向に伸びてしまい、逆に滑った内容になることもあるけれどもw。
しかし、一旦「嵌った」作品は、その作品の質は異様なほど高まる。原作の方でも、設定紹介とかが終わり、より密度の濃い物語が展開していたりするので。
今期の「神のみ女神編」「げんしけん二代目」は、正にそうした高密度な作品となっていた。
「神のみ女神編」は、大胆な構成だった。分割放映の1期2期の後をOVAで継続していたが、それではいつまで経っても先に進まない。女神編を始めるにあたり、途中をすっぱり抜かしてしまう。
しかし、そういった大胆な決断をするくらいだからこそ、女神編の構成は神がかっていたとも言えるのだろう。
二週目の攻略、見えてくる影の策略、そして、想定外の出来事から発生する、桂馬=ゲーム神の神性の亀裂とそのゲームオタクとしての強烈な決意。
相手が女神である中で、正に神として振舞うため、あらゆる人間性を否定する桂馬の行動は、その行動がオタクとしてのポリシーから生まれているところが、震えが来るほど誇らしく、また切なく感じられる。
そして、そのような辛い存在桂馬の真実に図らずも触れることになったちひろ
女神が全て揃いライブである意味勝利の勝鬨をあげる中、それをただ一人理解し、ただ一人の人間として同じ立場にいた自分のその矮小さに打ちひしがれる彼女が、人間だからこその感情、恋心を痛いほど胸に秘めている様子が心に迫る。人間だからこそ、実際には同じ人間としての恋を感じた事も無い桂馬に、自分こそが一番大きな痛みを与えている事を知らずに。
そして、げんしけん二代目。こちらも素晴らしい出来だった。
特に大きな変化、物語の大きなうねりみたいなものは無い。しかし、登場人物に歴史が生まれ、その感情の積み重ねが実に上手く表現されている。
それぞれのキャラクターが、互いに相手の感情を読み解こうと努力し、その結果、それぞれ独自の行動をとる。その積み重ねにより、物語の外側に居ても全く可笑しくない、オタクをドロップアウトしかけている班目が、知らない内にげんしけんの誰からも気にされる存在となって居て、物語の中心になっていって、彼の実に他愛の無い、しかし心としてはとても大きな問題が解決する。
本当に他愛の無いエピソードなのに、そんな誰もが心を寄せ合っている様子がとても濃厚に、丁寧に描かれていて、実に幸福感を感じさせる物語となって居る。
この二作とも、作り手のスキルと原作の密度、その両者の向上がピタリと一致したからこそ、このように素晴らしい作品となっているだろう。
見ていてとても幸福だった。このようなところまで来る作品は滅多にない。ここまでの作品を作ってくれた原作者、アニメスタッフ、その他さまざまなこの作品を作り出した環境全てに感謝したい思いだ。
それにしても、今期は良質なアニメ作品が本当に多いなあ。