アニメ艦これを、こんな風に見てる

萌えと戦争を合体させた作品が好調だ。戦闘機の「ストパン」、戦車の「ガルパン」、艦船の「アルペジオ」などなど。
けれども、これらの作品が始まるとき、いつも緊張する。というのも、これらは戦争を描いているから。戦争を描くということは、基本的に人死にが出ると言う事。それが萌えと交えて軽々しく描かれているかもしれないと思うと、安易には受け入れ難い。しっかりと見定めないといけない、という気持ちになる。
空想を描いているアニメで、なんでそんなに戦争に敏感になるのかという向きもあるだろう。けれども、これはこだわりを持って見たい部分。人の命をどのように扱うか、描くかこそが人を感動させるドラマの根幹だと思っているから。そこを曖昧にした作品に真の感動は求められない。
そして、そんな人の生き死にに関わる戦争に、萌えの体現者である少女達がどのようにかかわっていくのかも重要。現実の世界では成年もしていない少女のような存在は戦争に参加することなどあってはいけない事。もし少女が戦わなくてはならないとしても、その彼女達にどのような「戦う動機」があるかも気になるところ。戦争という自身の命を懸ける行為に参加する覚悟が少女の心に存在しているかどうかは、そのキャラが本当の意味で生きたキャラかどうかとイコールとも言える。
ストパン」は人死にがある立派な戦争だ。しかし、人類を脅かす未知の敵が居て、それに対抗できるのはウィッチである少女たちのみ。少女達自身の守るべきものもしっかりと描かれていて、彼女達が戦争の現場に立つ理由は十分描かれている。ここまで真正面から戦争を描いているのならば文句の付けようもない。
ガルパン」は戦争ではない。戦車を使った試合が描かれているだけだ。戦車という強力な殺人兵器を使っているのに人が怪我一つしない試合で済むのかという疑念が湧いてくる設定ではあるものの、想像を超えた超科学が有るらしいということで無理やり納得させる設定があり、なんとか見られる。少女たちはスポーツに励むように戦車道にいそしむ。
アルペジオ」も人死にのある戦争だ。しかし、この物語の主役である少女たちは実際には人間では無く戦艦の化身みたいなもの。元々は戦争をするためだけに生まれた存在である彼女達メンタルモデルが、主人公との戦いを通して人間性を獲得していくという逆転の発想だ。彼女たちは自分達の居場所を見出すために戦っていると言えるだろう。
さて、もう大体この文が言いたいことは分かるかも知れない。
艦これは、萌えと戦争のアニメとしてはあまりに杜撰だ。少なくとも私にはそう思える。
今のところ2話まで。どうやら真剣な戦争のようなのだけれども、本当に人死にが出る戦争なのかどうか不明。大破したら艦むす的には死ぬことになるのだろうけれども、その描写は今のところ無いし、艦むす達の戦闘に出向く雰囲気からも自身の生き死にを意識している様子は見えない。
こういった艦むすの態度は、彼女達が艦船の化身という特殊な存在だから当然と艦これユーザーは思うだろう。しかし、そんな特殊な存在だとしたら、彼女達のメンタリティーがどのようなものなのかは明確にすべき。つまり、彼女達はこの世界でどのような立ち位置で、何を望み、何のために戦っているのか。
彼女たちは艦船の化身だ。だからこの人間の世界を守る為に戦争をしている。そこに疑問を感じる必要は無いだろうか? その彼女が守っている人間はどこにいるのか。その人間たちは彼女達特異な存在をどのように見ているのか。そういった描写は一切ない。
きっと人間を守って戦ってくれているのだから人間たちも感謝しているはず? しかし、ならなぜ彼女達に協力する人間は一切出てこない?
実際のところ彼女たちを指揮している司令官は一体何者なのか。その存在は後ろに控えて命令するだけ。今のところ長門が秘書官として指令を出しているシーンしか描くつもりが無いようだが、それはつまり、後ろに隠れて艦むす達に戦わせる司令官という理不尽さを隠す演出と考えても良いだろう。
ゲームは、ゲームの目的以外の部分をある程度プレーヤーの想像力に任せているだろう。艦これは元々ストーリーの無いゲームだし。しかし、アニメ化によって世界観をより明確にしストーリーを付ける以上は、題材によって描くべきものが出てくる。戦争という命をやり取りする重大事を描く以上、その戦争の成り立ちや登場人物の立ち位置などを丁寧に描く事は、作り手の絶対的な義務だと思っている。
戦争とは、権力によって暴力が制御されたり、暴力を持ったり持たされたりした者だけが命を賭けたり、暴力によって命を取ったり取られたりするという様々な理不尽が当たり前の様に存在する世界だ。そういった理不尽が見えないから存在しない、元々のゲームの設定だから無くても良い、という安易な思考は到底持てない。
そういった気遣いを今のところ全くせず、ただただ都合の悪い部分を隠して萌えアニメの態だけで作り続けているアニメ艦これの態度は、私にとって不誠実に感じられる。
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蛇足だけれども、こういった戦争アニメを見る時、いつも回想されるのが銀河英雄伝説の戦争シーン。
あのアニメでは、戦闘時には必ず宇宙戦艦の中の一般兵が無残に爆死していく様子が描かれている。これは、戦争は敵も味方も多くの人が死ぬものとして、その死の存在を隠してはならない、それを隠して戦争を賛美してはならないというヤン・ウェンリーの理念を作品上でも表しているものだと思う。
こういったバランス感覚は、アニメという「なんでも自由に描けるメディア」を好きでいる以上、常に持ち続けたいと思う。