アイカツ!32話「いちごパニック」で語られた、アニマス「春香の選択」へのアンサー

いや、アイカツ!は面白いなあ。今までに見たアイドルアニメの中でも、かなりの上位評価を付けたくなるアニメだ。
実際のところ、アイドルアニメを作るのは難しい。少し前にもこのことは書いたのだけれども、その理由を簡単に言うと、「アイドルを描きつつアイドルの内情を描く事」に矛盾があるから。つまり、アイドルとは本来ファンを意図的に翻弄するものであり、そういった裏の意図を表現すると、視聴者はその者をアイドルと認識出来なくなってしまう、という矛盾がある。
しかし、その矛盾を解消する策はある。例えば、たった一人のアイドルを描くとすれば、その者の性格に「意図しなくてもファンを魅了してしまう」という「天性のアイドル性」を設定することで、アイドルアニメを成立させることは出来るだろう。
ただ、それがアイドルチームとなったとき、とても難しくなる。各キャラの個性を描かれるイベント毎に「天性のアイドル性」として機能させることは、ほぼ不可能と言えるから。これに挑み、見事に玉砕したアイドルアニメは、かなりの数に上るw。
そして、そんな困難事を実にスマートにやり切ったアニメこそ「アイドルマスター」であった。かの作品がアイドルアニメとして高く評価される所以だ。
では「アイカツ!」なのだけれども、これが実に上手い方法で、アイドルアニメを描いている。その方法とは、アニメに「ゲームシステムを取り込む」というもの。
最初から「アイドルはカードが命」と言い切り、アイカツシステムに則り各アイドル達には「オーディション」という方法で仕事が舞い込んでくる。アイドル達は、このシステムがあるため世知辛い思いを廻らす必要はなく、ただアイドルとして存在していれば良い、という訳だ。
これは、実はアニマスでも似たような方策を取っていたのだけれども、それをよりゲーム性を強めることことで、アニマスよりもフレキシブルに、沢山のアイドルモチーフを描く事に成功している。そして、アイドルとしてのモチーフを様々な角度から描けるので、結果的にアイドルの実情をより濃く描く事にもなっていると言える。実に上手い方法だ。
そして、そんなアイカツ!の今回32話のエピソードで、「アニマス」の最終エピソードとして描かれた「春香の選択」と、ほぼ同じ問題を描いていた。
アニマスのメインヒロイン春香は、各メンバーが個々の仕事に忙しくて仲間との合同ライブの練習が出来ない事に悩む。そして、Pの事故をきっかけについにエスケープしてしまう。しかし、悩んだ末、春香にとって皆と一緒にライブを行う事がアイドルであると認識することで自分を取り戻し、彼女の悩みを理解した765プロのメンバーも集結し、合同ライブを成功させる。
アイカツでは、ここまで重いエピソードではない。ヒロインいちごは、仲間との合同ライブと絶対に外せないソロCMのスケジュールが被ってしまうが、悩んだ末両方選んでしまう。過密スケジュールで一旦は仲間との合同ライブを諦めかけるが、仲間のサポートと仕事の依頼人からの助言により、合同ライブもやり遂げる。
「春香の選択」については、疑問に思った視聴者が多かったらしい。アイドルとしての栄達よりも、765プロのみんなと一緒に居たいと願う「春香の選択」を「アイドルとして不誠実」という事だろう。しかし、これには「アイドルとしての栄達よりも」という認識そのものに疑義があるのだが。
アイカツでは、もしかしたら、アニマスのこのエピソードに視聴者の疑問が生じたことを認識してエピソードを作っているのではないかとも思えるほど、上手い描写となって居る。
この回、実はいちごが「どのように悩んでいたのか」その中身を描いていない。ただ、いちごは悩んだ末仲間に合同ライブに参加させて欲しいと改めて頼んでいることからも、その悩みが「合同ライブから身を引くべき」と思っていたのは間違いないだろう。実際に、自分の代役としてさくらという存在もいるので、いちごがライブに出るのは、自身のエゴとも取れる。それでもいちごは自分の望みを捨てなかった。そのように生々しい「エゴによる選択」を表面化させず、それとなく分かるようにしている。
また、仲間たちの中のいちごの立ち位置を、彼女の不在により明確にしていること。いちごが居ない時でも、仲間たちはいちごの存在を意識して練習に励む。それは、いちごが仲間たちにとって無くてはならない存在であることを意味し、合同ライブにこだわるいちごの隠された「エゴ」とも呼応して、そのエゴの正当性を明確に保証している。
心のダークサイドを表面化させず、その闇を打ち消す保証もしている。これだけ丁寧に対応していれば、視聴者からも疑義は生じないだろう。
しかし、そこで描かれていることは、「春香の選択」と趣旨は同じ。アイドルが人気アイドルとして、自分のやりたいことをやるのが困難な側面にぶつかったとき、どうすべきか。
それは、自分のやりたいことを手放さないこと。アイドルの輝きは、自身のやりたいことをやるところからこそ生まれてくるものであり、それを選ばず、合理性や、客の為でも自分の意に沿わない方向に向かってしまうということは、「天性のアイドル性」の喪失に等しいということ。
アイドルとは、そういう存在だ。例え作品が変わっても、同じ状況に至ったら、同じ判断をする。
それは、アイカツアニマスの後発アイドルアニメとして、似たエピソードを選んだ際の、あるべきアイドルとしてのアンサーだったのだろう。